好き。

好き。

何よりも。

どんな物よりも彼が好き。

先輩……天翔 斑 先輩が大好き。

好きな事に理由なんて必要無いし、多分それは邪推な後付に過ぎないと思う。

でも……反芻するように彼を思い浮かべる事は……とても甘美。

……私は普通な娘だったと思う。

外見は若干可愛い部類に入る。

性格は大人しくて良く聞く良い子。

……ああ、これじゃあ優秀な子だ。

でもあまり褒められる事も無い。

出来て当然の子が出来て褒める大人は少ない。

客観的にそれは不公平。

けど私にとってはどうでも良かった。

別に褒められても嬉しくないから。

私からすると全ては普通だった。

褒められても、叱られても。

撫でられても、叩かれても。

……いや、痛いのは例外。これは大嫌い。

世の中には痛いのが好きな人も居るそうだけど、私からするとその人達は壊れてる。

私は痛いのが嫌いで後は全部どうでも良かった。

『普通』

すごく便利で曖昧で役に立たない言葉。

私から見た世界は『普通』で満たされていた。

……多分、私も壊れていたのだろう。

感情は在った。けどそれだけ。

使う時の無い感情なんて意味が無い。

まるで機械……でも機械の方が優秀だ。

私は子供だったから……温もりが必要だった。

両親が共働きだったからだろうか、私は温もりを必要とした。

……別に好んだ訳では無く、必要だった。

空気と同じ、無いと困る。

けど空気は『普通』よりマシだ。

『普通』なんて道端の石ころ。意味が無い。

無いより有った方が良い分、空気も温もりもずっと大切だ。

……けど両親は私が既に満たされていると思って……より満たされる為に二人で働く。

だから私は友達を求めた。

……けど全幅の信頼は置けなかった。

私は常に距離を取る。

それはいざというときの為の自衛手段。

そしてそれは効を成す。

引越し……仕事の都合の。

ああ、素晴らしい。私の危惧は当たっていた。

薄情にもかつての友人達は手紙も電話も寄こさない。

所詮は友達なんてその程度なんだ!

……なんて馬鹿みたいに全てを悟った気になってた。

ああ、共働きで帰りの遅い両親。

その二人にこれ程感謝した事は無い。

私は引っ越したお陰で最高のものを得た。

ブランコに一人佇む私に話し掛けて……手を差し伸べてくれた少年、天翔 斑。

私は彼に出会えた事を全てに感謝する。

彼の自信に満ちた笑顔!

その儚げな顔付きではとても想像出来ない!

私はあれ程美しいものは見た事が無い。

そう、彼は美しい。

力強く、生に満ち、そして優しい。

……数年で人が変わってしまったが……それでも彼は美しい。

以前(まえ)の私のままでは畏れ多くて彼を得られなかっただろう。

だが……私は力を得た!

そして……今、正に先輩を得ようとしている。

欲しいものは力尽くで得る……こんな当然の事も今まで気付かなかった……いや、怖くて出来なかった。

ああ、先輩……私は貴方を手に入れます。

………………

…………

……

ギュウオウッ!

空気を巻き込み嫌な唸りを上げ異形の手が迫る。

……実際、大した速さだ……が、遅い。

そんなものでは……玖央に遥かに劣る!

ゴッ!

奴が地面を叩く……オレは既にそこには居ない。

……飛び退き……壁に着地した。

グッ……ッン!

予想外に撓る腕が即座に鞭のようにオレを狙う。

……が……それは既に視えている!

………………

…………

……

(逃げられない!)

柊 真菜はそう認識した。

今、天翔 斑は壁に張り付き横向きの力を受けている。

言わば……二方向の重力を受けているようなもの。

壁から降りられるように成るより自分が早い。

壁を走るにしても平らな壁では壁に押し付ける力が邪魔をする。

どちらにせよ班が行動するのには数秒にも満たない時間が必要。

それよりは……自分が早い。

ゴッ!

……しかし……聞こえたのはブロックが崩れる音。

斑は既に壁を走っている。

(計算を違えた!?)

彼女の計算は正しい。

だが……予測としては未熟だった。

平らな壁で走れないのは押し付ける力を超える力を出す為の取っ掛かりが無いから。

無いのなら……作れば良いのみ。

彼女は知らない。

指圧のみでブロックに穴を穿つ筋力くらい、斑は備えている事を。

所詮は……素人。

戦いで……『天翔』には敵わないのだ。

………………

…………

……

切り口は綺麗だった。

痛みは無い……まだ、そこまで神経が繋がっていないのだろうか?

……先輩の短刀は、鮮やかに私の腕を切断した。

「………………」

先輩は冷たく……刺す様な視線で見つめて来る。

ああ、やはり先輩は先輩だ。

この絶対的な威圧感、全てを見透かした勝利者の余裕。

美しい。

自分のものにならないのは残念……だけど。

先輩に殺されるなら良いや。

……そして先輩は躊躇無くトドメを刺す為に間合いを詰める。

ああ……早く来て下さい……先輩。

あとがき

ゼロ「怖っ! メッチャ怖っ! ていうか俺の芸風違っ!」

斑「狂気だな」

ゼロ「おや、一通り紹介したからまたお前か」

斑「そうだ」

ゼロ「つーかお前も強っ!」

斑「当然だ。天翔は最強の一族だぞ」

ゼロ「……ふ、何時までもその余裕が保つと思うな」

斑「何故だ」

ゼロ「少年漫画では強い奴が次々と現れるのが掟!」

斑「少なくとも漫画ではない」

ゼロ「うっさいわい。兎も角、覚悟しとけよ」

斑「お前は早く書けよ」

ゼロ「……頑張らせていただきます」